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2015年3月14日 (土)

江戸・明治・大正・昭和の面影が残る品川界隈

JRが国鉄と言われた時代に、品川駅を開業したのは、明治5年5月7日です。駅名は、品川ですが、所在地は港区です。プリンスホテルのある高輪口は、江戸時代の藩屋敷が多くありました。その後、貴族や華族の屋敷に変わりました。今でも、幾つかの屋敷が残っています。
それに反して、港南口(東口)は埋立地に建つ倉庫街でした。倉庫街で人気も少ないので、爆発的に増加する「東京市」の食料を確保するために、東京市営芝浦屠場が開場しました。現在は、東京都中央卸売市場食肉市場となり、食肉加工が行われています。ターミナル駅のすぐ近くに食肉加工工場があるのは、世界でも品川だけです。ちなみに、品川駅からバスで10分のほどの距離にある太井競馬場で競走馬が事故に遭い、殺処分するときは、ここで行われ馬肉業者に売り渡されます。
港南口(東口)は、新幹線の乗り入れとともに大きく変貌し、インターシティJやグランドコモンズの巨大ビジネス街へ生まれ変わりました。ところが、その近代的なビル群の裏手(海側)には、開発から取り残された路地があり、昭和の色を残した居酒屋があります。薄暗い路地に、派手でチープなネオンと赤提灯・縄のれんを見ることができます。
港南口の倉庫街は、20年ほど前からマンションやオフィスビルに変わり、近未来の都市の様相があります。一方、港南口前の路地の居酒屋のように、Deepな側面を持つ魅力のある街が品川です

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